淡路人形芝居サポートクラブ
トップ活動報告淡路人形芝居ミュージアムトピックス情報入会申込みリンク集
淡路人形芝居ミュージアム 淡路人形芝居ミュージアム 淡路人形芝居ミュージアム
淡路人形芝居ミュージアム トップ 淡路人形芝居とは 人形芝居観劇 演 者(人間国宝) 映 像 外 題 淡路人形芝居 一問一答
淡路人形芝居ミュージアム
お問合せ 入会申込みフォーム
傾城阿波鳴門巡礼歌の段 日高川入相花王 鬼一法眼三略の巻
三十三所 花の山  
淡路人形浄瑠璃館はこちら
傾城阿波鳴門巡礼歌の段(けいせいあわのなるとじゅんれいうたのだん)
【傾城阿波鳴門巡礼歌の段】 【傾城阿波鳴門巡礼歌の段】
 これは近松の「夕霧阿波鳴渡」を改作したもので、夕霧伊佐衛門の話に阿波の国主玉木家のお家騒動をからませ、十段続きに仕立ててあります。
 作者は近松半二らで、明和5年(1768)竹本座初演です。現在では、八段目の「十郎兵衛住家」、いわゆる「巡礼歌の段」だけが上演されます。
〜あらすじ〜
 阿波徳島の藩主玉木家のお家騒動で、忠義の家老桜井主膳が悪人小野田郡兵衛のために、主家の重宝国次の名刀を盗まれて困難しますが、藩臣十朗兵衛・お弓夫婦及び藤屋伊左衛門らのかんなん苦心によって、悪人から再び名刀を取り返し、主家が安泰になります。


日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)
【渡し場の段】
 安珍・清姫の道成寺伝説を題材とした五段続きの時代物で、藤原純友の反乱や皇位継承争いも絡む複雑な物語ですが、四段目の中の「渡し場の段」が最も有名です。
 近松半二ほかの合作で、宝暦9年(1959)に初演されました。
【渡し場の段】
〜これまでのあらすじ〜
 十世紀、朱雀天皇の時のこと。弟の桜木親王に皇位を譲ろうとする天皇に対し、皇位をねらう別の一派があり、親王の命をねらっています。
 親王は山伏に姿をやつし、安珍と名を変えて、追手を逃れていました。やがて、熊野の真那古庄司のもとにたどりついた親王は、恋人と巡り会い道成寺へと向かいます。ところが、庄司の娘清姫が親王とも知らず、安珍を恋していたのです。嫉妬した清姫は、すぐに安珍の後を追いかけます。
〜渡し場のあらすじ〜
 清姫は日高川へさしかかります。岸の船頭に川を渡すように頼みますが、船頭は安珍から清姫が来ても川を渡さないように頼まれていましたから、懇願する清姫を冷たくあしらいます。
 安珍への思いがどうしても断ち切れず嫉妬に狂う清姫は、とうとう自力で川を渡る決心をしました。岸に立って水面を見ると、そこに映ったのは
大蛇の姿でした。大蛇になった清姫は安珍を恨みながら、道成寺へ向かうため川を渡るのでした。


鬼一法眼三略の巻(きいちほうげんさんりゃくのまき)
【五条橋の段】 【五条橋の段】
 「義経記」の中から鬼一法眼のこと、弁慶の生い立ち、鞍馬山の天狗伝説などを元にした五段続きの時代物で、作者は松田文耕堂、長谷川千四です。
 古浄瑠璃の「遊屋物語 牛若兵法の恋慕」や近松門左衛門の「御曹子初寅詣」の影響があるといわれています。
 享保16年(1731)に初演されました。
〜あらすじ〜
 今出川の兵法家鬼一法眼から六韜三略を授かった牛若丸は、父義朝の追善供養のためと称して、夜な夜な五条橋に出て千人斬りを志しています。
 実は源氏の味方となる侍を探しているのです。そのころ、比叡山の西塔にこもって時節をうかがう武蔵坊弁慶は、この噂を聞き、この曲者をこらしめようと五条橋に出かけてきました。橋のほとりの柳の木陰に高下駄をはき、女傘をさしている優しい人影が立っています。弁慶が通り過ぎようとすると、その人影は右に左に行く手をさえぎります。弁慶が得意の大薙刀を振り上げて打ってかかりますが、さんざんに翻弄されます。弁慶は遂にあきらめて曲者の名前を聞くと、源氏の嫡流 牛若丸でした。弁慶はその場で家来となり、主従三世の契りを結んだのでした。


三十三所 花の山(つぼさかれいげんき やまのだん)
【壺坂霊験記 山の段】 【壺坂霊験記 山の段】
 明治に西国三十三所の観世音に伝わる伝説を集めた「三十三所花の山」と題する浄瑠璃がつくられましたが、これはその一つで、第六番札所の大和、壺坂寺の霊験の物語です。
 以前に書かれた「観音霊験場記」に二世豊沢団平と妻の千賀女が筆を加えたのが本作での明治12年(1879)に初演されましたが、同20年に彦六座で三世竹本大隅太夫が語ってから流行曲となり、明治の新作の代表となっています。

〜あらすじ〜
 大和壷坂に住む座頭沢市は琴や三味線の稽古をしながら、美しい女房のお里が賃仕事をしてくれるのを力に細々と暮らしています。沢市は女房が毎晩家を空けるのに疑いをもちますが、自分の目が開くように壺坂寺へ日参しているのだと知って、貞節な女房を疑い続けてきたことを詫び、すすめられるままに壺坂寺に参籠することになりました。
 一人残った沢市は、ふがいない自分と暮らしていてもお里は幸せになれないと思い、谷へ身をおどらせ、これを知ったお里も後を追いますが、観世音のご利益で二人は命が助かり沢市の目も開きます。
 喜びを勇んだ夫婦は万歳を舞って、お礼参りをするのでした。
淡路人形浄瑠璃館はこちら
浄瑠璃ミュージアム トップに戻る
お問合せ淡路人形芝居サポートクラブとはサイトマップ このページの先頭へ戻るトップページに戻る